草のことづて
石牟礼道子
筑摩書房
1977年初版1刷
帯にヤケ・ヨゴレ・痛みあり。
カバーにヤケあり。カバー上部に痛みあり。
ページまわりにヤケ・ヨゴレあり。本文にヤケあり。
中古感ありますが、書き込み見当たらず通読に問題ありません。
73から77年に発表のエッセイ集。初期エッセイ集の頂。特に『蕾の紅』はページに椿の花がぽとりと落ちてきたと確信するほどの匂い、花盛り。「ほんと、ひとりぼっちやたもん」と話しはじめた胎児性水俣病患者の坂本しのぶの言葉。不知火海の魚を、食べるためにではなく、絶滅させるために漁にでる患者の言葉。患者の佐藤武春が裁判で桃太郎の話をする言葉。
「あんまり椿の木の下でばっかり遊んで居れば、魂がおっとらるっぞう」(本書『蕾の紅』より引用)
『草のことづて 石牟礼道子 筑摩書房』収録の「後の世のために魚をとること」より引用
江郷下家の新しい舟が下ろされて初はしりの仕事は、なんと〈水俣湾の魚絶滅作戦〉の時だったのである。漁民たちはこの三日間の〈魚絶滅作戦〉なるものに船団を組んで、沖に出たのだが、漁師が、魚獲りは魚獲りでも、魚を絶滅させるために海に出るとは「もう世も末じゃ」というほかはない。
若い美一くんは、東京から帰りたてのこともあって、海風や波のしぶきのなつかしさに、一瞬だけ頬をころばせたが、同じこの舟に乗った患者家族の田中義光さんや機関長さんは、きびしく暗い顔をしていた。
「県知事さんも、御苦労であんなはる」
わたくしたちが御匠殿の呼んでいる江郷下家の隣の義光小父さんは、海の面に落としたままの目の色でそう漏らした。
「魚は、絶滅できましょうか」
とわたくしはきく。
「そげんこた、できまっせんな」
言下に、同乗していた漁師たちは言う。
「こういう空しいことを、なぜ、やるかといえば、われわれが犠牲になって、実際長い間、犠牲になっとるのやから、こういう空しいことをしてみせて、後の世のために、あるいは救いになるかもしれん、とおもうて、やりよるわけです」
舟漕ぎを覚えてしまった娘から、親たちは、彼女が一番熱中しているものを取りあげることは出来ない。なにしろ、魚は恋人のいる方角の海にいるらしく、彼女が舟を出せば、必ず魚を連れて来るのであったから。(本書より引用)