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トラジはききょうの花――ある「李さん一家」のものがたり 李銀子 ハザ、2026年10月31日、奥田直美(カライモブックス)寄稿 ☆新本

2,420円

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☆新本 ★奥田直美(カライモブックス)寄稿 トラジはききょうの花――ある「李さん一家」のものがたり 著者 李銀子  寄稿 奥田直美 発行 ハザ B6変形判/192頁 発売予定日2026年10月31日 〇紹介 一度読んで忘れられなかった 銀子さん 1980年から 今まで ずっと。 ――斎藤真理子 わたしたちは、不均衡な言葉の川をみずからの言葉をもって泳いでゆく。見えない不均衡を見よう。自分自身を生き抜きたいという欲望を恐れず抱こう。 ――奥田直美 いまわたしを「ぎんこ」という名で呼ぶ人はだれもいない。常に本名を名のり、呼んでもらっている。その歴史は自分のものであり、わたしたちの子どもが、名前を使い分けるという時代をくぐりぬけることなく、自分を認識し、生きていくこと。それは尊く、〈二世〉であるわたしの獲得した生でもある、と思う。 ――本書より 「わたしの〈ものがたり〉は日本に生まれ育ったことからはじまる」。「ぎんこちゃん」と呼ばれていた少女が、なぜ李銀子(イ・ウンジャ)を名乗るようになったのか。〈在日〉の家族の歴史、北朝鮮に渡った姉の記憶、そして韓国ソウルへの留学と伽倻琴とともに歩んだ日々。朝鮮半島と日本のあいだから聞こえるかけがえのない声、うた、思いをたどり、自分の物語を生きることを問う珠玉のエッセイ集。寄稿 奥田直美 〇目次 はじめに─「ぎんこちゃん」のころをへて 過去からの贈り物  わたしの〈ものがたり〉はここに生まれたことからはじまった  チョゴリの制服  トラジはききょうの花   付記 「妹」の謎   「北」に帰ったお姉さん   付記 ディアスポラ・家族離散の記録   オモニのうた   付記 空が紙で 海が墨だとしても……  一九七四年の「ソウル」 伽倻琴とともに歩んだ日々─たくあんの味がしみてきた ある「李さん一家」のものがたり おわりに * 寄稿 言葉の川を流されながら、泳いでいく 奥田直美 〇本文より はじめに─「ぎんこちゃん」のころをへて  自転車で仕事場に向かう道すがら、ふとした瞬間に、「ぎんこちゃーん」と呼ばれていた子どものころをなつかしむことがある。あのころは、父も母もきょうだいもみなわたしを「ぎんこ」と呼んでいた。だれもそのことをむずかしく考えることはなく、わたしたちは父を「アボジ」、母を「オモニ」と呼んだが、子どもたちの名前はみな日本語読みだった。  わたしが自分から「ウンジャ」と名のり、そして父や母やきょうだいたちが「ウンジャ」と呼ぶようになったのは、いつからどんなきっかけだったのだろう。  日本の公立中学校に通っていた次兄が、卒業式で卒業証書を通名ではなく、本名で受け取ることになった。高校も本名で入学した。わたしたちきょうだいのなかに、朝鮮人として生きていく素地のようなものが芽生えてきたのだ。  わたしが朝鮮人としての生を自覚するようになったのは、高校に入学するころだった。中学まで通っていた朝鮮学校から日本の高校に入学したわたしも、兄を見習い本名で入学。しかしあの時代、本名はまだ日本語読みだったが、一九七〇年代の韓国の民主化運動の機運をじかに感じるようになるなど、次第に韓国語読みにする方が、より正当であると考えるようになった。  半世紀ほど前のことになるが、学生時代、アルバイトを探すときなど、履歴書にはいつも「徳宮銀子」という通名を書き、朝鮮人であることは隠していた。もしかしたら、隠さなくても済んだ場合があったかもしれないが、隠していた方がことはスムーズに運ぶように思えた。ひとつの処世術であったかもしれない。  あるとき、バイト先のパートのおばさんから「あんた、くにはどこなの?」と聞かれ、とっさに「日本です」などと答えてしまい、くにはくにでも、〈くに(国/故郷)〉ちがいであることに気がつき、気づいたときはときすでに遅く、しらけたことがある。  それもみな過ぎてしまえば滑稽な思い出。そんな経験を通して、わたしは成長してきたのだ。  大学生のころ、わたしは学友たちから「お銀さん」とも呼ばれていた。もちろん入学手続きは本名であったが、時代劇によく登場する名前であったことと、大学の乗降駅が、あの時代朝鮮高校とけんかの絶えなかった高校と同じ系列のK大学と一緒で、「李」という名前は呼ばない方が無難、という先輩の配慮があり、そう呼ばれた。  高校を卒業し、一年働き、そのお金で一年韓国に留学していたわたしは、少し大人びていたせいか、「お銀さん」という名に違和感はなかったと思う。いまでも「お銀さん」という響きは、無邪気な青春を思い出させ、なつかしい。  いまわたしを「ぎんこ」という名で呼ぶ人はだれもいない。常に本名を名のり、呼んでもらっている。その歴史は自分のものであり、わたしたちの子どもが、名前を使い分けるという時代をくぐりぬけることなく、自分を認識し、生きていくこと。それは尊く、〈二世〉であるわたしの獲得した生でもある、と思う。 〇シリーズ〈声は流れる〉 創刊のことば 声は流れる。土地から土地へ、時代から時代へ、人から人へ―― 韓国、日本、そのあいだで活躍する女性作家たちの本を刊行します。 異なる言語、文化、社会が交わる十字路に立ち、 ひとりの女性として、ひとりの表現者として、 「生きる」ことに向きあうことばを届けます。 境界を越えて心と心がつながる、希望の場を生みだすために。 〇著者プロフィール 李銀子(イ・ウンジャ)/作家。1955年、東京都墨田区に生まれる。1974年、ソウル大学在外国民教育研究所に留学。1年の留学生活を通して、「わたしの〈ものがたり〉は日本に生まれ育ったことからはじまる」と悟る。1977年、高校時代の演劇部の仲間と劇団ストレイシープ結成。戯曲「屋根裏部屋物語-あるいはあいつ-」を執筆し、翌年に浅草花やしき前の稲村劇場で上演。その後、雑誌『80年代』の雑誌内雑誌「90年代」に参加。1981年、愛知県名古屋市に移り住み、夫の張世一とともに中古レコード店ピーカン・ファッヂを営む(2019年まで)。近年は、雑誌『中くらいの友だち』でエッセイを発表している。 〇寄稿者プロフィール 奥田直美(おくだ・なおみ)/カライモブックス店主。1979年東京都生まれ。出版社勤務ののち、京都府で本屋を開き、現在は熊本県水俣市在住。夫・奥田順平との共著に『さみしさは彼方』(岩波書店)。

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