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水俣から、未来へ 熊本日日新聞社(編) 岩波書店 2008年

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水俣から、未来へ  熊本日日新聞社 編 岩波書店 2008年1刷 帯つき。カバー・本ともに良好です。状態良好です。書き込み見当たりません。 「岬」と言っても、突端に向かって左側には海がない。チッソが流した毒物を、海底からさらって水俣湾の中に囲い込み、土をかぶせる工事で海は埋めつくされた。片側の海をなくし、岬は岬でなくなった。失われた風景の手前にアコウの大木がある。その先がかつて海だったことを示す墓標のように、しかし生命力に満ちて、木は立っている。野球場を何面もとれそうな広大な水俣湾埋立地。 (本書より引用、明神のことです) 「公害の原点」と呼ばれる水俣病は2006年,公式確認50年を迎えた.さまざまな記念行事があり,多くの人々やメディアが水俣の地を訪れ,さまざまな風を巻き起こした.ところが,一部を除き各種の報道は地元で犠牲者慰霊式が開かれた5月1日を境に,潮が引いたように目立たなくなっていった.私たちは,節目の時だけの一過性の報道はしたくなかった.救済が進まない被害者にとって,49年目も50年目も51年目も変わらない.むしろ,高齢化が加わり症状が進む分だけ,問題は深刻化している. 水俣病問題を取材していると,それがさまざまな問題につながっていると気づかされる.水俣病の患者認定制度は,被害を狭く小さくとらえ,多くの潜在的な被害者を切り捨ててきた.その構図は,原爆症認定,カネミ油症,トンネルじん肺,薬害肝炎など,被害者が長く苦しんできた国内の多くの問題と相似形をなしている.さらには,「水俣病を体験した日本がなぜ国際社会で水銀など有害金属規制のリーダーシップをとらないのか」という疑問は,「唯一の被爆国の日本が核兵器廃絶で真のリーダーシップを果たしているのか」といった問いかけと相似形だ.水俣病の実像と教訓を学び,それを伝え続けるということは,この国と世界のあり方を考える上で,大きな意味がある.

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