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ちいさい・おおきい・よわい・つよい創刊物語 お母さんたちが、かろうじて怒っていたころ マツダ・ヒロミ+山田真 ジャンマシニスト社 2026年 ☆新本

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☆新本 ちいさい・おおきい・よわい・つよい」創刊物語――お母さんたちが、かろうじて怒っていたころ A5判/160頁 2026年2月15日 マツダ・ヒロミ+山田真  発行:森の編集室 発売:ジャンマシニスト社 【内容】 お母さんたちが、かろうじて怒っていたころ 1993年10月『ち・お』は誕生した。 小児科医・ワハハ先生こと山田真と タヌキ先生こと毛利子来を編集代表に、 スポンサーも広告も掲載されていない雑誌とも 書籍ともいえないシリーズは 以後30年に渡って定期刊行された。 その誕生秘話と裏舞台を描いた一冊。 笑わずに、最後まで 読みきれる人はいないだろう。 超真面目に言葉を編んだ人たちは 当時の大人たちは あまりに奇天烈だった…… 【マツダ・ヒロミ】 『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』『おそい・はやい・ひくい・たかい』(ジャパンマシニスト社)を中心に300冊を超える単行本の編集、プロデュース。ジャパンマシニスト社は2019年第35回「梓会出版文化賞」受賞。 【『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』(ち・お)】 小児科医・毛利子来、小児科医・山田真を編集代表として、1993年創刊。創刊時の編集委員は、石川憲彦、北村美佳、草野喜久恵、里見宏、富山洋子、野田克己、母里啓子、矢倉久泰。子どもの体と心と暮らしに役立つ情報と評論を提供する本として2022年まで定期刊行、現在休刊。 【目次(抜粋)】 まえがき  まえがきのあとがきのまえがき  まえがきのまえがき ぼくたちは夢見ていたのだ。 山田真 30年前のぼくの日記から/よくぞ『ち・お』に出合われた/セブンイレブンで働くまあくん、一人暮らしをするぼくの娘/『ち・お』の編集に関わった人たち/あの30年間は楽しく、有意義だった ほか 序 とにかく電話が鳴り止まない  1993年秋、朝日新聞の記事/理工書の老舗・版元J社/来る日も来る日も電話を取り続け/地獄道の始まり/30歳になるまで『ち・お』は育ち  Ⅰ 創刊前夜1 お母さんたちは、かろうじて怒っていた  元号は変わったものの/創刊当時の読者年齢/お母さんたちは、本当に頑張った/「よい子」に育っても安心できない/追い打ちをかけた「発達障害」/怒りの炎が消えかけて  Ⅱ 創刊前夜2 昭和の小さな版元で  40年前の出版社(版元)のこと/版元や書店がなくなるシステム/昭和の版元と機器の類/不安はあったのだろうか ほか Ⅲ 創刊前夜3 駆け出しの編集者が出会った人たち  一社めをクビになったあと/面接の日に300万円を握りしめて/100円禿がわかる?/編集のお手本は本屋にある/在庫のままだとお尻も拭けない/マジシャンのような師匠・N氏/「ろうそ」「うんどう」があったころ/養護教員も「闘って」いた/ち・お』の前身『子どもと健康』ほか Ⅳ 『ち・お』誕生の兆し  雨の日の再会/毛利子来と原宿で会う/事態は急転直下/創刊号を出すことしか考えていなかった/デザイナーSさんのこと/イラストレーターYさんのこと/四半世紀連続で続いた二人の仕事 ほか Ⅴ 『ち・お』を編むということ  お喋りから生まれる特集テーマ/クセが強い編集会議/編集委員から提出された特集テーマ/『ち・お』に執筆を求められるたちと編集者/予算が少ない、人手もない/広告塔としての「編集代表」/夜間養護教員・北村美佳への根回し/誌名に込められた意味/負けた大地に種は蒔かれた ほか Ⅵ 『ち・お』創刊前後のころ  季刊誌「ちいさい・おおきい・よわい・つよい」0号/初版部数5000の悲哀/広告のない誌面!について/本は誰かの作品作りではない/特集テーマについて/年に1号くらい……の落とし穴 ほか Ⅶ 『ち・お』創刊後に起こったこと  『ち・お』初めての特集編集会議/元疫学部感染症室長は、新型コロナを巡り「カルト」と呼ばれた/保健所での取材/「エビデンス」で憤っていた母里啓子/初版刊行後、即増刷/編集部温泉地へ移転/1998年『おそい・はやい・ひくい・たかい』創刊/岡崎勝『お・は』編集人誕生 ほか Ⅷ 『ち・お』な大人たち  おれ、吐いちゃうぞ/おいろけありそで、うっふん♫/危機に届いた一筆箋/怪人・毛利子来/おもちゃ箱をひっくり返したような待ち合い室/石川憲彦の甘いつぶやき/市民活動実践の人・富山洋子/「丁寧」なんて虫唾が走る/人の物を盗まずには生きて来られなかった/養護教員・草野喜久恵が守ったこと/始めと終わりの作法 ほか あとがき  あとがきのあとがき 山田真

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