☆新本
マテニ10号 全2巻
黄晳暎
姜信子・趙倫子(訳)
白水社
2025年
2024年国際ブッカー賞最終候補作、
ついに邦訳刊行!
鉄道員一家四代の百年の物語
韓国現代文学の重鎮であり、毎年ノーベル文学賞候補にあがるほど世界的評価の高い著者が、構想から執筆まで 30 年をかけた集大成となる長篇小説。2024年国際ブッカー賞最終候補作となり、世界中から注目を集めた。世界22か国語で刊行が決まっている 。
日本による植民地支配期に、川崎重工業で作られたマテニ(マテ2型)は、朝鮮半島に導入されると主に山岳地帯の多い朝鮮北部で運行された。「マテ」は山岳型機関車を意味する、マウンテン型の日本式略称。マテニ10号は朝鮮戦争当時、北進していた南側(大韓民国側)によって接収され、開城-平壌の路線で運行されていた。
本書の構想は、著者が1989年に北朝鮮を訪れた際、かつて鉄道機関士として大陸を行き来していた老人に出会い、話を聞いたことから始まった。
近代の到来、そして日本による植民地支配の象徴であった鉄道。本書は、闘う産業労働者たちと鉄道員一家四代の、朝鮮半島における百年の物語である。
イ・ベンマン、イ・イルチョル、イ・ジサンの鉄道労働者三代と、今の時代に「空中籠城」しているイ・ベンマンの曾孫であり工場労働者であるイ・ジノの物語が大きな柱を構成する。 三代の物語の中でも、イ・イルチョル、イ・イチョル兄弟の物語は、植民地期の労働運動と独立運動をリアルに描き、スリリングな展開で読者を引き込む。兄イルチョルは鉄道従事員養成所を出て、当時は珍しい朝鮮人機関士になり、父イ・ベンマンの誇りとなった。一方、弟イチョルは父ベンマンと同じ鉄道工作廠に勤めていたが解雇され、本格的に独立運動に身を投じ、投獄されるなど、苦難の道を歩む。また、日本の鉄道員や警察、大学教授など多数の日本人が登場し、日本の近現代史をも照らしだす。
物語の中で目を引くのは 女性たちの活躍だ。特にイルチョルの妻は、過去に義弟であるイチョルと共に労働運動をしていた新女性としての知性と卓越した予知能力で家族に襲いかかる苦難にも賢明に対処し、家族をいたわり、一家の中心的存在となる。
全18 章から成り、10章以降が下巻。朝鮮半島から満洲へとのびゆく鉄道、離散の運命、分断を越えてつながりあう家族――。 鉄道員一家をめぐる膨大な叙事を通して、 植民地期から解放前後、そして 21 世紀の現在を絶妙に行き来し、韓国の近現代史を描き切った。同時に、これまで韓国文学史に欠落していた産業労働者たちの真の物語を本書で打ち立てた。
植民地期、また分断の時代の朝鮮半島における近代の歪み、その底辺と周縁に生きる者につねに眼差しを向け、独裁政権に抵抗の声をあげ、海外亡命、国内収監の経験も持つ著者は、リアリズムであると同時に、生者の声のみならず死者たちの声も響きわたる表現手法を本書で模索している。作品中に響きわたる複数の声は、 社会の周縁で声を奪われていた者たちの声である。
黄晳暎(ファン・ソギョン)
1943年、満洲長春生まれ。47年、韓国の永登浦に移住。高校在学中に『思想界』新人文学賞受賞。66年、韓国海兵隊に入隊。翌年ベトナム戦争に従軍。その体験を元にした短篇小説『塔』と戯曲『歓迎の帆』を70年に発表、朝鮮日報新春文芸賞受賞。71年『客地』を刊行。74 年から84 年に大河歴史小説『張吉山』を「韓国日報」に連載。88年『武器の影』を刊行、萬海文学賞受賞。89 年、朝鮮文学芸術総同盟の招聘を受けて北朝鮮を訪問、国家保安法容疑で手配され、ベルリンとニューヨークで亡命生活を送る。93年、韓国に帰国と同時に逮捕され、5年に及ぶ服役生活を送る。釈放後、2000年『懐かしの庭』を刊行、丹斎賞と恰山文学賞を受賞。01年『客人』を刊行、大山文学賞受賞。03年『沈清』、07年『パリデギ』、11年『見慣れた世界』、15年『たそがれ』、17年『囚人』を刊行。18年、フランスのエミール・ギメ アジア文学賞受賞。20年、本書『マテニ10号』を刊行し、24年国際ブッカー賞最終候補となる。本書は世界22カ国の言語で翻訳刊行が決定している。
姜信子(きょう・のぶこ)
1961年、横浜市生まれ。17年、著書『声 千年先に届くほどに』で鉄犬ヘテロトピア文学賞、2022年、監訳『詩人キム・ソヨン 一文字の辞典』で日本翻訳大賞受賞。著書は他に『棄郷ノート』、『ノレ・ノスタルギーヤ』、『はじまれ、ふたたび いのちの歌をめぐる旅』、『忘却の野に春を想う』(山内明美との共著)、『被災物』(編著)、『語りと祈り』など多数。訳書に、ピョン・へヨン『モンスーン』、李清俊『あなたたちの天国』、キム・ソヨン『奥歯を噛みしめる 詩がうまれるとき』など。趙倫子との共訳に、黄晳暎『たそがれ』、ホ・ヨンソン『海女たち――愛を抱かずしてどうして海に入れられようか』、申京淑『父のところに行ってきた』がある。
趙倫子(ちょ・りゅんじゃ)
1975年、大阪府大東市生まれ。韓国語講師。パンソリの鼓手及び脚本家。創作パンソリに「四月の物語」「海女たちのおしゃべり」「にんご」「水宮…歌?」。
訳書に、パク・ジュン『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』、姜信子との共訳に、黄晳暎『たそがれ』、ホ・ヨンソン『海女たち――愛を抱かずしてどうして海に入れられようか』、申京淑『父のところに行ってきた』がある。